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①神様はあらゆるリソースを使われる

  当ブログの前提となる考え方 見えない世界と、見える世界は一体であり統一体である ※1 文鮮明真のお父様(以下、愛と尊敬と親しみを込めて「お父様」と表記する)の偉大さは、宗教と科学を統一的に説明できる真理を解明されたことである。お父様が下賜して下さった八項目の生活指針の中に、「家庭盟誓(かていめんせい)五番」というものがあるが、お父様の宗教的哲学思想には、人間の構造は、「目に見えない世界(心)と、目に見える世界(体)」の二元的世界の統一体という考え方があり、このような人間の構造を基に天宙(てんちゅう:目に見える世界と、目に見えない世界が統合された宇宙という意味)が創造されたと語られている。現代宇宙物理学においても、最新の研究では「目に見える宇宙」だけでは説明できない、宇宙を観測すればエネルギー的齟齬(そご)があることがわかっており、光と相互作用しない「何か」が存在しているのは間違いない事実が前提になっている。こうした事実を前提として観れば、宇宙にも「心」のようなものがあり得るのではということになる。 ※1 私のブログでは一貫して「文鮮明真のお父様」という単独呼称(「父」、「母」という次元での表記での「父」を使用しているという意味)を使ってるのは何故かの理由は、本来「文鮮明真の父母様」と呼称すべきではあるが、「真の父母様」の呼称だと、まだまだマスメディアを通して流されている情報に影響を受けた一般の方々の認識では、父は、文鮮明師でり、母は、韓鶴子氏となるため、あえて単独呼称を心掛けている。 お父様が生涯かけて提唱された「宗教と科学の統一」或いは「神学と科学の統一」とも言い換えることが出来が、これに限りなく近づきつつあることを感じざる負えない。そこで当ブログでは、お父様の宗教的哲学思想の枠組みを使い、明晰的、分析的な観点で、今私たちが経験している感覚が、 ただ単純な世界の「崩壊」と観るのか、崩壊とともに同時存在し進行している「新たな創造(再創造、崩壊と創造の混在)」と観るのかの世界線を提示したい という思いで書いてみた。 今回投稿した「神様はあらゆるリソースを使われる」において活用する手法は、 「分析的イデアリズム」的手法ではあるが、私はこの手法の原点はお父様だと勝手に思っているので、※2お父様が下賜さ...

googleから来た意味不明な通知

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アモス書3章7節【新改訳聖書2017】

7、まことに神である主は、ご自分の計画を、そのしもべである預言者にたちに示さずしては、何事もなさらない。

Googleは〇〇〇ステートの1丁目1番地、これは彼らからのアンサーだ。私は確信が信念になり抗う力が闘志に変わる。恐らくこれは警告的な意味もあるだろう。冒頭引用したアモス書3章7節は、神様はこれからなされることに絶対的な責任を持っておられるがゆえに、必ず預言者に語らせる。預言は神様から託され預かった神様のみ言を意味し、聖書に記されている預言が成就しなかったことはない。

現代において預言者らしき人物を見つけるのは難しい。イエス・キリスト以降予言者的人物がいたことはいたが、神様のみ言を託され預かった預言者は現れてこなかったと私は理解している。ではそれは何故か、イエス・キリストによるみ言こそが神様のみ意(こころ)を表している最高のものであって、それ以外のものは逆に神様のみ意から人間の判断を的外れな方向に導いてしまう。

20世紀最大の予言者と称されているエドガー・ケーシー氏は、敬虔なクリスチャンであり、彼の予言には聖書のみ言がふんだんに引用されている。日本エドガー・ケイシーセンター会長の光田秀(しげる)氏は、エドガー・ケーシー氏の著書を翻訳された時、彼の予言を理解するためには、聖書理解が必須であることを悟り、聖書の学びから入ったことを話されていた。

神様のみ意(こころ)が露になる現代とは、多くの方達に天啓が降りてくる時代であり、再臨主によって下賜された真理を中心に世の中を観れば、全て隠されていたことが露にされる時代だと理解している。具体的には感知した情報から真理というフィルターを通してみれば本質が観えてくる時代だと理解している。

また時代の兆候は、情報をもたらしてくれる方々が、宗教的背景がなかったとしても、例えジャーナリストであったり、無神論者であったとしても、また自然現象や社会現象までも含めて、それらがもたらす情報を読み込む主体が、超感覚的なフィルターを通せば本質は必ず感じ取れて、感じ取ったものが実感となりやがて確信へと導かれ、更に信念としてその方自身の中に現れる。

日本の政治家が〇〇事件でお亡くなりになった。今月4月9日、この〇〇事件を取り上げた直後に、このような通知が届いた。今SNS等でもフォロワー剝がしが愛国保守の方々に頻発していると聞いている。これにはある共通の特徴がある。多くの愛国的保守の方々が言っている共通した特徴とは、必ずある事柄に触れた時に起こっているいる事だ。その共通的特徴は、日本を売り渡すことに抗った時にこの現象は起きている事だ。
5月1日にデータが消えなければそのままこのGoogleのbloggerツールで継続し投稿するが、消えた場合は違うツールから発信するので、今まで当ブログを閲覧していただいている方には継続して見てい頂きたい。

これは事実上の退去命令なので私は出てゆくが、しかし感謝している。とても感謝している。文鮮明真のお父様(以下愛と尊敬を込めて”お父様”と記述)は、「打たれて奪う」という表現を使い、サタンは打たれる理由もないものを打てば、逆にサタンの所有のものを奪うことができると言われた。この言葉の意味は、正しいものを迫害すれば、迫害した者自らが滅びの道を行くということを言っている。このことは、目に見える合理性だけではけっして理解できない言葉だが、真理である。

 目に見えて、肌身で感じることの出来る身体感覚

終末時代、艱難時代、神様のなされるみ業は華麗で美しく、大変力強い。その根源的な源は愛であり全ての理(ことわり)がここにある。今の時代の理解はそんなに難しくなく、ただそれが現れているだけだとつくづく実感する。

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